聞き流せ

奈良には、本当に歴史と伝統のある寺院が、
数多く存在します。
まさに日本仏教の起源のような場所です。

そのうちの一つ、法隆寺に佐伯定胤(さえきじょういん)という
大変有名なお坊様がいらっしゃいました。
佐伯師は毎日毎日、教えを説き教えを広めて、
いらっしゃいました。
その中に、一人熱心に勉強に励む学僧がいました。

学僧には、佐伯師の講義が少しも理解することができません。
学僧は、自分の能力のなさに悲嘆し、
佐伯師を訪ねます。
「お師僧さま、私に能力がなく、先生のお話を理解できません。」
佐伯師は、一言、
「千日、聞き流せよ。」

趣がありまね。

教えは、頭で理解するものではなく、
肌で感じ、心で想うものです。
佐伯師の接する、接し続けることで、
感じ取れる何かがあるのです。

阿弥陀様がいらっしゃろうが、いらっしゃらなくとも、
なんまんだぶつ  この命尽きるまで、
念仏させていただこうと思いました。